文化財北部

義本王(ぎほんおう)の墓

①見どころ
 沖縄本島の王様の墓としては珍しい家型のお墓で、屋根頂部の玉など仏教の影響と思われる様式となっています。

②概要
 義本王(ぎほんおう)とは、沖縄最初の実在王統である舜天王統の第3代国王で、舜天の孫に当たる人物で、1249~1259年に在位した王です。義本王は在位11年の短い期間で、54歳の時に退位して英祖に王統を譲りましたが、伝承では、即位の翌年から飢饉や疫病が起き、それは自分の不徳から来るものと恥たからであるといわれています。「中山世譜」などによると、退位後の行方は不明とされています。

③ヒストリー
 現在はこの辺戸にあるのが義本王の墓として伝わりますが、「国頭村史」によると、義本王の墓と伝わるのはこの辺戸以外にも伊地・佐手・中城村仲順と4つあり、また喜界島へ隠れたという伝説もあるとされています。「国頭村史」によると、佐手はテイチバーと呼ばれ、調査されましたが、名だたる者の墓と推測される物は発見されなかったと記されています。中城村仲順の墓とされる場所も伝承として伝わるのみで、墓自体は近年に作られたものいわれています。2012年度に、国頭村文化財観光資源活用事業により、現状の記録と修復作業、観光案内サインの設置等の事業が行われました。その際、墓室内から最大径約90㎝もの大きな陶棺と、その内に埋納された人骨が見つかりました。人骨の詳細調査の結果、約26体の人骨が個体の区別なく合葬されていることが判明しました。また、その人骨は、墓が建て替えられたとされる明治初期の短期間のものではなく、約250年間もの長い間の人々が合葬されていることが明らかとなり、さらに古い時代の骨も含まれている可能性が出てきました。‬‬

④ワンポイントアドバイス
 義本王の墓からは「十分杯」と呼ばれる器が発見されています。十分杯は、八分目を超えて注ぐと底の穴から流れ出て行ってしまう仕掛けになっている不思議な器となっており、辺士名小学校ミニ博物館に展示されています。
 階段が急なため注意が必要です。墓に向かう斜面も雨の日は滑りやすくなっています。

スポット情報

住所

Map Marker 〒905-1421 国頭村辺戸

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